東京アスリート認定選手・インタビュー 川村京太選手(青梅市) フェンシング(2018/12/20)

川村京太選手の写真 
【プロフィール】
  • かわむら・きょうた 2000年6月27日生まれ。東亜学園高等学校所属
  • 2012年 全国大会フルーレ団体戦優勝
  • 2012年 オーストラリア 国際大会 個人戦優勝
  • 2014年 全日本フェンシング選手権団体戦
  • 2017年 W杯 男子フルーレ団体優勝
  • 2018年 インターハイ フルーレ準優勝
  • 選手詳細を見る

全日本選手権でのLEDディスプレイを用いた華やかな演出や、AIによる剣の軌道の可視化など、スポーツ観戦にイノベーションをもたらしているフェンシング界。競技においても次世代を担う若い選手が続々登場しています。その一人、2年連続で東京アスリート認定選手として認定され、国際大会でも活躍している川村京太選手にインタビューしました。


「人間としての力も磨き
実績を残せる選手をめざす」

〜フェンシングを始めたきっかけを教えてください。〜

川村京太選手の写真2

父がフェンシングをやっていて、高校生の時にはインターハイに出場した選手でした。今でも趣味として続けていて、その練習についていくうちに面白そうだなと思って始めたのが小学校2年生の時ですね。ちょうど同じ年に北京オリンピックが開催されて、フェンシングで太田雄貴選手が銅メダルを獲った姿をみて「かっこいい!」と感動したのも大きなきっかけです。ただ、ずっと続けてこられたのは、北京オリンピックの翌年、父がフェンシングの教室「東京OHMEフェンシングクラブ」を開設したことが大きいですね。


〜いつごろからフェンシングをおもしろいと思うようになりましたか。〜

小学校高学年になってからです。当然ですが、最初はうまくいかなくて、試合でもまったく勝てなくて…。高学年になって勝てるようになってやっと面白さを感じました。〝勝つ感覚″を味わいたくて、練習にも身が入るようになりました。強くなると練習も楽しかったですね。義務感でやったことは一度もありません。プレッシャーもない、ただただ自分の意思で続けていました。


〜お父さんがコーチでよかった点を教えてください。〜

わからないことやうまくいかないことなどを家ですぐに聞けて、その場で指導してもらえるのはよかった点です。でも、やりにくかったことのほうが多いです(笑)。小学校高学年にもなると、問題を指摘されても素直になれなかったり、意地を張ったりして聞こうとしませんでしたね。自信がついてきたのもあり、自分なりに考えることも多くなっていたので、よくぶつかりました。親子だったから反抗できたけど、それは甘えだったのかもしれません。


〜太田雄貴さんに憧れていると語っていましたが、これまでに接点は?〜

高校1年生のとき、雄貴さんが主催する強化合宿「Yuki Ota Fencing Camp」に呼んでいただきました。次世代の若手選手育成を目的に、技術的なことはもちろん、競技に対する姿勢や目標設定の方法など、多岐にわたって学ぶ合宿でした。

そこで初めて雄貴さん(当時は選手)と会って、最初に言われたのが「東京にいるからといってスカしているなよ」っていう言葉でした(笑)。その合宿には全国から選手が集まっていたのですが、東京からは僕だけだったんです。ほかのみなさんは、その合宿で何かを吸収しようと貪欲というか一生懸命だったんです。でも、僕にはそういう姿勢が見えなかったみたいで…そう言われてみると、確かにそうかもしれないと。東京は、環境も情報も機会も競技人口も多く、そのあたりで貪欲さ、必死さが弱かったのかもしれないと気付きました。

また、その合宿で強く感じたのは、雄貴さんがフェンシングのことをいろいろと考えているということです。それまでは憧れの選手、大先輩という意味で、とくに圧倒的なスピードといった技術的なことや実績にばかり目がいっていたのですが、実際にお話をしてみると、「いかにフェンシングが盛り上がるか」「どうすれば多くの人に見てもらえるか」「競技人口が増えるか」というようなことを考えていることを知りました。さらに、僕が思っていた以上にフェンシングのことが好きで、人一倍努力していらしたんです。だから勝てるんだ、こうでないと勝てないんだと実感しました。技術だけではオリンピックで結果を出せないのだと思い、それ以来、自分も意識して視野を広げるようにしています。


〜東京OHMEフェンシングクラブの仲間たちは、どんな存在ですか。〜

川村京太選手の写真3

※第73回国民体育大会
少年の部東京都代表選手たちと

小学校、中学校とずっと一緒にやってきたかけがえのない仲間です。フェンシングは相手がいないと効率的な練習ができません。競技人口が少ない種目で練習をずっと続けてこられたのは、クラブの仲間がいたから。いい意味でのライバルがそばにいて切磋琢磨できたことに感謝しています。クラブの仲間たちとの交流は今も続いています。


〜フェンシングの強い高校に入学したり、ナショナルチームに入ったりとレベルの高い環境で競技するようになって、変わったことはありますか。〜

中学校までとは、人数も環境も規模も違いました。高校の先輩たちはやはり強くて、そんな強い人たちと毎日夜遅くまで練習ができるなんて幸せですよね。先生も的確な指導をしてくれますし。毎日すごく疲れて帰るんですけれど、充実感のほうが大きかったです。高校に入ってから一気にレベルが上がり、結果にも確実に表れていました。

もうひとつ、高校で学んだのはチームワーク。フェンシングは個人競技なんですけれど団体戦もあります。試合中、後ろから聞こえる仲間の応援や励ましの声があれほど支えになるというのは高校で知ったことです。


〜ご自身の競技者としての強みはどこにあると思いますか。ここだけは負けたくないというところは? また今後さらに伸ばしていきたいところは?〜

自信があるのはスピードです。相手に考える隙を与えずたたみ掛けるよう心がけています。もうひとつはカンですね。試合が進むと相手の出方・パターンというのが出てきます。それを読み取る力と、それに対応する力。もちろんどれもすべての選手が持っている力ですが、自分はさらに上をいこうと思って練習しています。

今後の課題は、外国人選手との対戦や海外での試合経験です。初めて外国人と対戦したのは小学校5年生のとき、ドイツ人選手との対決でした。同じ歳なのに体格がまったくちがう。大人のように大きく見えて圧倒されて……怖かったですね。今思うと技術的な違いはさほどなかったのですが、気持ちで負けていました。

その後、国際大会も何度か経験し、昔のような怖さはなくなったのですが、選手のタイプは国内より多岐にわたるので戦い方のバリエーションも広がります。ですから海外経験を積み重ねて、どんな相手に対しても戦略を練り、多彩な勝負ができるようになりたいと思います。


〜小学生の頃のインタビューで、夢はオリンピックで金メダルと語っていました。東京2020への意気込みなどを教えてください。〜

中学校1年生のとき、東京に決定したIOC総会を朝までテレビで見ていました。自分が生まれた都市で開催されることは驚きました。ただ、開催場所がどこに決まろうが、自分は2020年の夏季オリンピックに必ず出るつもりでした。出るからには一番いい色のメダルを狙おう、その思いは昔も今も変わっていません。今はまだ出るために必要な力の50%くらいしかないと思っています。これからもっと練習を重ね、技術を磨いて100%をめざそうと思っています。

川村京太選手の写真4


〜昨年度に続き、今年度も「東京アスリート認定選手」に認定されましたね。〜

今年度は認定式で認定証授与の代表選手に選んでいただきました。ほかの競技でも強くて実績を残している選手が大勢いる中で自分が選ばれたので、どうしてだろうという思いもありつつ、身が引きしまる思いでした。頑張っている姿を見ていただき、認めてくださっていると思うと嬉しいですよね。また選んでいただけるよう結果を残していきたいと改めて思いました


〜学校と競技の両立で大変だったことはありますか。何か心がけていることはありますか。〜

勉強は頑張っています。「フェンシングをとったら何もない人」にはなりたくありません。そう思って勉強もおろそかにしないよう、テストの2週間前から調整して1週間前になると練習をセーブして臨みます。人にも自分にも負けたくないですね。フェンシングも勉強も、そして、「人への思いやり」といった、人間としての力もつけていきたいと思っています。だから、部活以外の友達関係、フェンシングとはまったく関係ない会話や時間も大切です。


〜休日はどのように過ごされていますか。趣味は?〜

川村京太選手の写真5

趣味は読書です。もっぱら小説で、重松清さんや川村元気さんのような、深みがあって泣きそうになる話が好きです。あとは友達とカラオケに行ったり買い物に行ったり、普通の高校生活です。カラオケで歌うのは自分が生まれる前の曲が多いですね。プリンセスプリンセスとかレベッカとか(笑)。洋服が好きなので、買い物は原宿によく行きます。

フェンシング以外のスポーツもテレビで観ます。リオオリンピックでレスリングの吉田沙保里さんが決勝で敗れたときのコメントを聞いて、偉業の裏で人知れず彼女が背負っていたものの大きさ、重さを感じました。雄貴さんもそうですが、実績を残す選手というのはただ技術があるだけではだめで、精神力が必要なんだと強く思いました。


〜フェンシングのみどころを教えてください。〜

フェンシングは選手のカラーが際立つスポーツです。パワーで推すタイプ、スピードでたたみ掛けるタイプ、柔軟性で闘うタイプ、気合で向かうタイプなど、闘い方がそれぞれちがう。攻撃のバリエーションも(剣を)右から、左から、下から、後ろから……と選手や組み合わせによって、無限に変わっていきます。選手同士のかけひきなどもあります。勝敗だけでなく、そこへ至る闘い方が特に面白いと思うし、見ているとカラーの違いがはっきりわかるようになるので、そのあたりぜひじっくり見て欲しいと思います。

フェンシングだけの人間ではいたくない――自ら語るように、勉強も遊びも充実させている様子がうかがえました。それでもフェンシングの話題になるとひときわ目が輝き、話が尽きません。本当にフェンシングが好きなことが伝わってきます。勝利を狙う高い熱量と、自分の力量を測る冷静さを合わせ持ったバランスの良さも光る川村選手でした。

東京都フェンシング協会 リンクから外部ウェブサイトへ

東京のアスリートを応援しよう!