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東京アスリート認定選手・インタビュー(8)髙田茉莉亜選手(港区) 馬術 (2017/3/7)

~オリンピック・パラリンピックを目指すアスリートを応援~
【東京アスリート認定選手・インタビュー】


東京都では、東京のアスリートが、オリンピック・パラリンピックをはじめとした国際舞台で活躍できるよう、競技力向上に向けた支援を実施するとともに、社会全体でオリンピック・パラリンピックの気運を盛り上げるため、「東京アスリート認定制度」を創設しました。

このページでは、認定選手の皆さんに「スポーツを通して自分を成長させ、スポーツと社会のよりよい関係を考えていこう」というテーマで、インタビューをしていきます。

第8回 髙田茉莉亜選手(港区) 馬術
馬術が注目され、身近に感じてもらえるように
自分のできることを、実践していきたい

髙田茉莉亜選手の写真

たかだ・まりあ 1994年8月21日生まれ。東京都出身。慶応幼稚舎から一貫して付属校で学び、現在慶應義塾大学在学中。アイリッシュアラン乗馬学校所属。2010年・2011年、全日本ジュニア馬場馬術大会ジュニアライダー選手権で優勝。2013年~2016年JOCジュニアオリンピックカップ/全日本ジュニア馬場馬術大会ヤングライダー選手権で優勝。 →選手詳細を見る


きっかけは母。ロゼットリボンがほしくて乗馬から馬術競技へ

オリンピックにおける馬術競技の歴史は古い。最初に行われたのは1900年のパリオリンピック。オリンピックで唯一の男女が同じ舞台に立って競う競技だ。また、出場選手の年齢層が幅広いのも特徴。これは、男女間の体格差や体力差が競技に大きく影響を与えないことを示している。
オリンピックで実施される種目は3つ。演技の正確さや活発さ、美しさを競う「馬場馬術」。設置された障害を飛び越えながら、なるべくミスせず早くコースを回る「障害飛越」。この2つに加え、クロスカントリーを加えた「総合馬術」。これらを個人と団体に分けて行う。今までに最も金メダルを獲得しているのはドイツ。日本では1932年のロサンゼルスオリンピックで、西竹一選手が障害飛越個人で金メダルを獲得している。

競技中の写真

一般的な馬術へのイメージは「貴族のスポーツ」。馬上の選手は馬場馬術なら燕尾服、障害飛越では上衣とネクタイを着用する。厳かな外見と優雅なたたずまいで愛馬を操る姿は、まさに上流階級の雰囲気を醸し出す。
ゆえにどこか、敷居の高さを感じさせてしまうこともあるこの競技を、「もっと多くの人に興味を持ってもらい、身近に感じていただけるようになったら」と考えている若手選手がいる。髙田茉莉亜選手。現在、慶應義塾大学に通う22歳だ。

「特に動物好きだったわけではないんです」
という髙田選手が馬術と出会ったのは小学校3年生の時。馬術経験のある母親に連れられ、千葉へ乗馬に行ったことが始まりだった。当時からスポーツが好きで身体能力が高く、また、身長もすでに150cmあったこととその乗りこなし方がコーチの目に留まり、「馬術」競技の道へ進むことを薦められたという。
「最初から本格的に取り組んだわけではありませんが、ただ負けず嫌いではありました。小学校5年生で千葉県大会に初めて出場したとき、6位以内に入賞するとロゼットリボンがもらえると聞いて、それならと頑張ってリボンをいただいたこともありました」


愛馬リカルドと一体感を培って以来、大会で好成績をおさめるように

中学生になり、ジュニア育成をしているクラブに移り、本格的に馬術へ打ち込むように。落ち着いた物腰に品格を漂わせる乗馬フォーム。163cmの長身が、スラッと伸びた背筋を際立たせる。凛々しく、美しいその騎乗姿は、生まれ持った素養に加え、子供のころからの乗馬経験で時間をかけて醸成されたものだ。堂々と見映えのいい、いわゆる「鞍付きがいい」美しさは、「馬場馬術」でこそ一層映えるという周囲の薦めもあり、この種目に絞って取り組むようになったという。
大学に進むと、JOCジュニアオリンピックカップ/全日本ジュニア馬場馬術大会ヤングライダー選手権で4連覇。日本馬術連盟強化対象選手であるプログレスチームメンバーにも認定された。だが、この成績を収めるまでには様々な葛藤もあったようだ。

競技中の写真

「馬術は人間の力量だけでなく、馬の技術力や乗る人間との相性などもパフォーマンスに大きく影響します。より高いレベルに行くには、そのレベルに見合った技術を身につけている馬に乗り換えていかなくてはなりません。馬と人間が共に成長して、ずっと一緒ということはないんです。私が今乗っているリカルド(騸馬(せんば)※去勢をした雄馬/17歳)とは、高校2年生の時に出会いました。生涯3頭目のパートナーです。当初は性格を理解できていないこともあり、関係はボロボロでした。わがままで気分屋のところもあって、なかなか息が合わなかったのです」 そのため、高校3年生のときの大会は、散々な結果に終わってしまった。
「そのときに気づいたのです。馬を自分に合わせようとするだけじゃなく、自分も馬に合わせていかないといけない、馬のメンタルに通じないといけない、と。馬の心を読んで、感性に寄り添っていく力をつけないと、良い競技はできないなと思いました」
以来、馬の身体をていねいに洗ったり、より心をこめて世話をするようになった。
「今ではすっかり仲良しです。もちろん、まだてこずることもありますけど。一緒に戦う馬としっかりとした信頼関係を築いて、"人馬一体"となって、私たちにしかできない演技で高得点をめざしていきたいです」


社会に通じる素養を身に付けつつ、東京オリンピックを目指す!

髙田選手は現在大学4年生。御殿場と大学を行き来しながら、馬術との文武両道を続けてきた。卒業したら就職、という道も考えたが、東京オリンピックへの出場も見えてきたこともあり、今では競技者としてできるだけ長く、馬術を極めていきたいと考えている。JOC有望新人研修に3度出席したり、同じ大学のオリンピアンと会う機会も得て、他競技の選手たちとの交流から刺激を受けることも増えてきたという。
「馬術の歴代のオリンピアンの方は、私のように他競技の方々とふれあう機会がほとんどありませんでした。日本の様々な競技のトップアスリートが、チームジャパンの一員としての連帯感を持ち、強化に役立つ情報などを共有して、メダルを獲得したり、自身の競技をアピールする場を広げているのを見て、私ももっと他競技の方から積極的に学んだり、もっと馬術を多くの人に見てもらえたらと思うようになりました」

競技中の写真

馬術に挑戦するタレントの話題などもメディアを賑わし始めている昨今、馬術という競技の認知度をオリンピックに向けてより高めていきたいと願う馬術関係者も少なくない。日本の馬術選手といえば、71歳でロンドンオリンピックに出場した法華津寛選手が有名である。「引退のない競技」だからこその快挙だが、この競技では若手と呼ばれる髙田選手が東京オリンピックの有望選手となり、さまざまな大会で活躍したら、競技の取り上げられ方もより多様になっていくだろう。
髙田選手の同級生、1994年度生まれには、萩野公介選手、ベイカー茉秋選手、羽生結弦選手、奥原希望選手ら、オリンピックメダリストも多い。同世代での交流を深め、互いに相乗効果を発揮しながら、東京オリンピックへ。そして、馬術競技では1932年以来のメダルも本気でめざしたいと思っている。
「ただ競技者として強くなるだけではなく、社会人としても通用するように、視野を広く持って行動し、馬術を通して勉強していきたいと思います」
髙田選手は今日も愛馬リカルドとともに、馬場を軽快に駆け続ける。


強くなるためのキーワード

馬術の魅力

馬場馬術は、20×60mの長方形の馬場を舞台に常歩(なみあし)、速歩(はやあし)、駈歩(かけあし)の3種類の歩き方をベースとして、ステップや図形を描いたりする。フィギュアスケートのように、内容が全て決められている「規定演技」と、決められたエレメンツを取り入れて演技を構成し、音楽に合わせて行う「自由演技」、2つの採点の合計点で結果を競う。正確な技術と、美しさが求められる、奥の深い競技だ。
「馬という言葉が通じない相手を理解し、理解され信頼関係を築いていく過程は、他の競技にはない楽しさがあります。人馬一体となって高みを目指していくのは喜びです」

東京×馬術

「東京オリンピックで馬術競技の会場は、用賀にある馬事公苑になります。1964年の東京五輪時も会場になった馬術にとって由緒正しき場所ですが、今は会場整備のために休苑中。ただ、乗馬や馬術を楽しめる場所は意外とたくさんあります。私が所属するアイリッシュアラン乗馬学校は静岡県の御殿場にありますが、同じ御殿場にある御殿場市馬術スポーツセンターでよく大会も行われます。東京から直行の高速バス1本ですので、ぜひいらしてください」


【スポーツを通して身に着けられるライフスキル】

馬とコミュニケーションを図るほか、「男女差がないスポーツ」「引退がないスポーツ」ゆえに、小学生からお年寄りまで老若男女がみんなで楽しめるのが馬術。髙田選手はそのような環境に身を置くことで、幅広い対応力を磨いている。どんな人とでも、分け隔てなくコミュニケーションできるスキルは、人生にプラスをもたらす要素。また馬術以外の同世代のアスリートたちとの交流を深め、そこから新たな気づきを得ていくことも、競技者として、人として、得るものは大きい。